Paul Everitt氏の余韻とマイクロソフト問題  (2007年03月30日)

 「EUはソフトウェア費用の39%を米国の3社にただ支払っている。」
 日本でも省庁や自治体は、多くの税金を米国のMicrosoft社に支払っている。我々国民からの血税が米国の1社に支払われている事実を、もっと認識すべきだ。

青森でのセミナー風景]


文頭は、先日、私が事務局長を務めるNPO法人OSCARアライアンスが主催した「オープンソースCMS最新動向セミナ」に、米国から講師として招へいしたPaul Everitt氏の話の一部だが、久し振りにオープンソースの熱い講演を聞いた。

 同氏は、ZopeやPloneなどを立上げ、現在はオープンソースのコンサルティングを行っており、米国に居を構えながらフランスなどを中心に活躍している。
 CMSのベースとなるZope / Ploneのビジネスとしての歴史に触れたあと、ヨーロッパでのオープンソースのコンサルティング活動について、Lisbon AgendaやヨーロッパでのFLOSS report、Optaros社の調査など、様々な情報やデータを交えて説明していただいた。途中では”Revolution!”と叫ぶパフォーマンスも あり、なかなかの熱演であった。


 [東京での懇親会]

まとめとして掲げられたのは、「オープンソースは現実であり、お金(ビジネスの意味か)である」「オープンソースは小さく始めて大きくなるもの(ベン チャー企業は頑張りましょう)」「オープンソースは”free enterprise”である」の3点だ。この”free enterprise”という言葉は、Red Hat互換のCentOS(the Comunity ENTerprise Operating Systemの略)の紹介などにもよく出てくるが、新しいオープンソース・ビジネスの”象徴”として良い響きである。もちろんこの”free”には、ただ 無償というだけではなく”自由”を示す意味も大きい。

 以前からいろいろなところでお話ししていた内容だが、日本の省庁や自治体に導入されているパソコンは何台あるのだろうか。その中には、必ずといって良い 程MS-Windowsが入っており、MS-Officeが入っている。パソコン1台が15万円したとして、その内の2万円がWindowsの、6万円が Officeの費用となる。したがって、Microsoft社に支払われるのは合計8万円となる。
 これがもしどこかの県庁に5000台入ったとしたら、Microsoft社へ支払う金額はいくらになるのか。単純に計算すれば4億円であり、台数割引で 7掛け程度となったとしても約3億円となる。このお金は県民の血税であり、ただパソコンに搭載されたソフトウェアということで、当たり前のように消費され てしまってはいけない金額だ。
 この県庁が導入したパソコン5000台の費用5億円の内、血税3億円が米国の1企業にただ支払われることになる。  民間企業ともなれば、もっと大量の数万台というパソコン導入はたくさんある。
 数億円、数十億円という金額が、単純に何の疑問もなく米国の1企業に支払われているのだ。これは血税ではないかも知れないが、この費用は将来ワールドワ イドで戦う日本企業にとって足かせになってしまうこともある。ヨーロッパやアジアの国々とその企業は、確実にオープンソースに切換え始めているのだ。

 さらに問題は、Microsoft社の収益構造である。
 Microsoft社が開示している2006年6月期のアニュアル・レポートによると、事業セグメント別の売上や営業利益が掲示されており、 WindowsXPなどクライアントOSを含むClient部門での営業利益率は「77.2%」、MS-Officeを含むInformation Worker部門の同率は「70.4%」に及ぶ。
 売上から売上原価を差し引き、ビル・ゲイツの報酬やTVコマーシャルなどの販売費および一般管理費を差し引いた後が営業利益であり、これで売上の 77.2%や70.4%あるのだ。明らかに儲け過ぎである。ここには、日本やヨーロッパの国々から支払われた税金がたくさん含まれているのだ。
 このように独占的事業を行うことにより、これだけ多くの利益を弾き出して、企業買収や訴訟和解などの費用を使うことで、表面的には適正規模の営業利益率にして、あまり非難も受けずにMicrosoft社は巨大化していったのである。

 今回、Paul Everitt氏が講演でも指摘していたように、EUの人たちは納税者としてパソコンという固まりに見えるものに対しても、そのソフトウェアの使いみちに クレームを付けている。オープンソース以外のソフトウェアを使わないように法制化するのにも積極的だ。
 日本では、ITやコンピュータの話となると尻込みして、業者の言いなりになってしまう人たちが多いが、これをしっかりと見直し、Linuxや OpenOffice.orgなどのオープンソースを利用することで、大きなコスト削減による米国1企業への税金(?)カットが、非常に単純に簡単に実現 できるのだ。

 2007年1月に、日本においてもビル・トッテンさんで有名なアシストが、Microsoft社のオフィスソフトをすべて排除し、オープンソースのOpenOffice.orgに切換えて話題となった。大きなコスト削減の実現である。
 本気になればできることである。
 ましてや、省庁や自治体の予算は税金で成り立っている。
 税金を有効に使うためには、是非、ソフトウェアの見直しを積極的に進めようではないか。

ベンチャーは自由と可能性、そして夢の追求を  (2007年02月28日)

 良い悪いの議論は残るだろうが、元ライブドアの堀江氏、楽天の三木谷氏などを筆頭とするベンチャー企業の雄が、日本経済界に与えたインパクトは大きい。
 時価総額さえ上がれば「小」が「大」を喰うことができることを、実証したことは素晴らしい出来事であった。「時価総額経済」はその原理から言っても決し て間違っていないし、新しい流れは確実に起きていた。それは現在でも世界的な流れである。しかし、保守的で構造化した日本の経済界は、そのチャレンジに対 して危機感を募らせ、ついにはバッシングすることとなってしまった。

 「3年B組金八先生」という番組がシリーズ化されているが、ベンチャー全盛の時代に放映された内容で、私が一番印象に残っているシーンがある。先生が中 学生に将来何になりたいか、と問う場面があり、生徒からは、サッカー選手、弁護士、ケーキ屋さんや歌手などと当たり前の答えが返ってきていた。その中に、 世相を反映してか、「ITベンチャーの社長」というのが入っていたのを鮮明に覚えている。このように夢につながる職業にしていかなければならない。既得権 益をブチ壊す環境作りが必要であり、どんどんテレビに出たり本を出したりして、時代のヒーローとなる人たちが必要である。出る杭を打ち新しい息吹を消して しまうような現在の日本の風潮は間違っていると思う。

 旧体質の経済界は、ビジネスの成功で若者に夢を与えているだろうか? 政界は小泉劇場で少しは盛上がったが、経済界にはそのような夢がない。東証一部上 場企業に入社しても、年を重ねるとともに単なる社内の派閥争いから徐々にはじかれていく。また、運良く社長になれたとしても不祥事でもおきれば、テレビで 謝罪して一気に更迭されることになる。
 最近は「総理大臣」になりたい子供がいないばかりか、テレビのニュースで「不祥事のお詫び」ばかりしている「大企業の社長」になりたい子供もいなくなっているのが現実だ。
 ベンチャーは夢を生みやすい。大企業の社長争いなどやりたくもない人をはじめ、その争いからはじかれた人でも、今、ニートや浮浪者であっても、自分がやりたいことを世の中に問うことができる。このようなベンチャーを日本の経済社会はもっと大事にしなければならない。

 堀江元社長が逮捕された2006年1月以来、東証マザーズやJASDAQなどに上場しているベンチャー企業の株価は極端に落込み、まるでベンチャー叩き が一気に経済構造を昔に戻し始めているようだ。ベンチャー企業の株価が高過ぎると言う声をよくきくが、そうではなく大企業の株価が魅力に乏しく安いのが問 題だ。ベンチャー企業にとって「冬の時代」となってしまったが、本当にこれで良いのか?
 マスコミの取扱いも、大企業優先の明確な差別が出始めているし、就職する学生も大企業志向、またまた昔の「寄らば大樹」の雰囲気となりつつある。
 極論ではあるが、この夢のなさが、学校や家庭の荒廃を招き、これまででは考えられない殺人事件などを生んできているのではないだろうか?

 「日本経済界の構造改革」は、「賢い日本人」によって、米国や中国、韓国とも競争できる社会を目指し、これから数年で必ず進展すると思いたい。
 日本の大企業の時価総額が世界の企業に比べ相対的に低く、さらに円安傾向も続いていることから、外資系企業による日本の大企業の買収は、より簡単になってしまっている。日本の大企業は保守的になるのではなく、もっと積極的に常識的な仕組みを壊して進まなければいけない。
 日本が否定しようとした「時価総額経済」が、国際化の中で確実に進んできており、昔の「古き良き時代の日本」には、もう戻れないのだから。

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